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訴状(奈良地裁)

  • nara-justice
  • 2018年5月24日
  • 読了時間: 50分

非常に長い訴状ですが、事件の全体像がよくわかりますので、で、ぜひご一読下さい。






訴 状


平成30年5月24日

奈良地方裁判所 御中



原告ら訴訟代理人       

弁護士    石川 量堂

同     山下  真

同     今治 周平

原告ら訴訟復代理人      

同     幸田 直樹

同     井上 泰幸


損害賠償請求等履行請求事件

訴訟物の価額    算定不能

貼用印紙額     金1万3000円



当 事 者 の 表 示

請求の趣旨  別紙記載のとおり

請求の原因


添付書類

1訴状副本   1通

2甲号証(写し)各2通

3委任状    109通



当事者の表示

〒630-8101 奈良市青山八丁目277

原 告  厚井 弘志 外108名

(別紙原告目録の通り)


〒770-0841 徳島市八百屋町3丁目15番地サンコーポ徳島ビル3階

石川法律事務所

電 話:088-677-6760 FAX:088-652-6614

原告ら訴訟代理人  弁護士 石川 量堂


〒530-0054 大阪市北区南森町1丁目3番27号

南森町丸井ビル4階 塩野山下法律事務所

電 話:06-6364-2705 FAX:06-6364-2704

原告ら訴訟代理人 弁護士 山下 真



〒630-8213 奈良市登大路町5番地

修徳ビル4階 401号 かすがの法律事務所(送達場所)

電 話:0742-22-7790 FAX:0742-22-7791

原告ら訴訟代理人 弁護士 今治 周平


〒634-0078 奈良県橿原市八木町1丁目6番23号

大和信用金庫八木支店ビル4階

弁護士法人やまと法律事務所

電 話:0744-24-5315 FAX:0744-25-7650

原告ら訴訟復代理人 弁護士 幸田 直樹

原告ら訴訟復代理人 弁護士 井上 泰幸


〒630-8580 奈良市二条大路南1丁目1番1号


被告 奈良市長 仲川 元庸



目 次

請求の原因

第1 事案の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7頁

第2 監査請求の前置・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7頁

第3 奈良市新斎苑等整備運営事業の概要・・・・・・・・・・・・・・・・8頁

第4 奈良市新斎苑の用地買収の経緯・・・・・・・・・・・・・・・・・・9頁

第5 本件買収予定地の売買契約の締結は市長の裁量権の範囲を逸脱し又はこれ

   を濫用し違法であること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10頁

1 地方公共団体の長による売買契約締結の裁量権に対する制約・・・・10頁

2 鑑定価格の3倍を超える価格での用地買収・・・・・・・・・・・・11頁

(2)「公共用地の取得に伴う損失補償基準」及び「奈良市用地取得事務取扱要

   領」に違反すること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11頁

(2)名古屋高等裁判所の裁判例との対比からも明らかに違法であること13頁

------① 名古屋高等裁判所平成19年5月30日判決・・・・・・・・・13頁

------② 名古屋高等裁判所平成26年6月6日判決・・・・・・・・・・15頁

------③ 津地方裁判所平成25年9月5日判決・・・・・・・・・・・・18頁

3 不必要な追加買収予定地の買収・・・・・・・・・・・・・・・・・20頁

4 不要な地下埋設物処理費用の負担・・・・・・・・・・・・・・・・21頁

5 小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22頁

第6 本件買収予定地取得の必要性と取得に至る背景事情・・・・・・・・22頁


1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23頁

2 被告は当初、本件買収予定地での火葬場建設に反対だった・・・・・23頁

3 新火葬場建設候補地の選定過程に合理性、透明性がないこと・・・・24頁

4 他の候補地の優位性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24頁

5 鑑定評価額が判明する以前から本件買収予定地の買収総額について奈良市と地権者との間で一定の合意が成立していた蓋然性が高い・・・・・・・26頁

(1)被告と地権者との間で当初から本件買収予定地全体を購入することが決まっていた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26頁

(2)被告と地権者との間で当初から買収総額は約3億円という合意が成立していた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26頁

6 買収総額を約3億円とするために講じられた様々な対策・・・・・・28頁

(1)施設建設予定地はそもそも約4.9ヘクタールも必要ないこと・・・28頁

(2)追加買収予定地の買収及び地下埋設物処理費用の負担・・・・・・29頁

(3)買収総額を約3億円とするための強引な単価の設定・・・・・・・29頁

(4)奈良県によるダム建設用地買収事例を参考に買収単価を決定することの不合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32頁

(5)被告自ら価格交渉をし、買収価格を決定していること・・・・・・32頁

7 小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33頁

第7 被告の故意又は重過失・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34頁

1 前掲名古屋高等裁判所平成26年6月6日判決における市長の故意又は重

過失・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34頁

2 解散した奈良市土地開発公社による違法又は著しく不当な土地の先行買収の事例、その手法及び問題点を被告は熟知しながら、自らそれと同じ轍を踏んだこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35頁

3 本件における被告の故意又は重過失・・・・・・・・・・・・・・・37頁

第8 損害・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38頁

第9 地権者の責任・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38頁

第10 結語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39頁



請求の趣旨

1 被告奈良市長は、仲川元庸並びに樋口光弘及び樋口明子に対し、連帯して金1億6772万2252円及びこれに対する平成30年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

2  被告奈良市長は、奈良市が平成30年3月23日に村本・アール・アイ・エー・阪神C・村本・三和特定建設工事共同企業体・宮本異業種特定建設工事共同企業体との間で締結した金49億6195万2000円の工事請負契約の請負代金のうち、別紙物件目録1~7記載の各土地の地下埋設物の撤去、運搬及び処理等に係る費用相当額である金1億4215万4478円を支出してはならない。

3 訴訟費用は被告の負担とする。


との判決を求める。


請求の原因

第1 事案の概要


  本件は、奈良市の住民である原告らが、奈良市の新火葬場建設予定地等の土地売買契約が代金が高額過ぎ不必要な土地まで購入する違法なものであり、さらに予定地の地下埋設物の撤去費等まで買主である奈良市が負担することも違法であるとして、奈良市監査委員に対し、行為の差し止めを求めたところ、これが棄却されたため、代金を支出済みの土地売買契約については奈良市長仲川元庸及び土地の売主2名に対する共同不法行為による損害賠償請求を、代金が未払いの地下埋設物の撤去費等についてはその支出の差し止めを、それぞれ奈良市長に求める住民訴訟である。


第2 監査請求の前置


  原告らは、平成30年3月2日、奈良市監査委員に対し、請求の趣旨第1項記載のとおり被告に勧告をすることを求める住民監査請求を行ったが、平成30年4月26日付けで棄却され(甲1)、原告らは翌27日に通知を受領した。


第3 奈良市新斎苑等整備運営事業の概要


  奈良市は、大正5年に開設した現在の奈良市火葬場(通称:東山霊苑火葬場、所在地:奈良市白毫寺町793番地)について、老朽化が進んでいること等を理由にして、新しい火葬場(以下「新斎苑」という。)を整備することにした。


  奈良市は、平成27年末に、奈良市横井町地内の山林に新斎苑を整備する計画案を公表し、平成28年11月、同計画案をベースにして奈良市新斎苑基本計画(甲2)を策定し、公表した。


 奈良市は、平成29年5月23日、奈良市新斎苑基本計画に基づき火葬場を設置するため、「奈良市新斎苑」の名称で奈良市横井町の面積約4.9haの土地に火葬場を設置する都市計画の決定を行った(甲3)。


被告は、平成29年11月22日、上記都市計画に基づく新斎苑整備のためとして、奈良市新斎苑建設予定地(面積約4.9ha)の西側に隣接する土地を追加で購入する旨を、奈良市議会議員に対する議案の事前説明の場において突如、明らかにした。追加で購入する土地は約6.1ヘクタールで、新斎苑建設予定地約4.9ヘクタールと合計すると、実測面積110,780.88㎡(公簿面積99,419㎡)の土地(別紙物件目録1~7記載の各土地、以下「本件買収予定地」という。)になるとの説明だった。


 なお、以下では、本件買収予定地のうち、奈良市新斎苑の施設建設予定地(面積約4.9ha)の部分については「施設建設予定地」と称し、施設建設予定地の西側に隣接している追加で買収することを決めた部分(面積約6.1ha)については「追加買収予定地」と称する。


 被告は、奈良市議会において、平成29年12月に本件買収予定地の買収に必要な予算の議決を得、平成30年2月15日に同市議会による契約締結に対する同意の議決を停止条件とする土地売買仮契約を締結し(甲19)、同年3月23日に同議決を得たことから、同契約の効力が発生した。所有権移転登記も同日完了された。


 また、平成29年9月議会において、新斎苑整備事業の債務負担行為設定が議決され、被告は平成30年2月26日に地下埋設物の撤去等を含む新斎苑等整備運営事業設計・施工一括型工事に係る同市議会による契約締結に対する同意の議決を停止条件とする請負契約を締結し、平成30年3月23日に同議決を得たことから、同契約の効力が発生した。


 その上で、被告は、同年4月10日に土地代金全額を支払った。一方、工事請負代金の支払いは現時点では全くなされていないものの、平成30年度中に6億3223万2000円を支払う予定としており、地下埋設物の撤去費等はこの中に含まれている。



第4 奈良市新斎苑の用地買収の経緯

  奈良市は、平成27年7月30日、新斎苑建設準備のため、奈良市横井町内に存する土地の購入に関する覚書を、同土地の地権者と締結した(甲4)。同覚書第2条には「土地購入」と題する条項が設けられ、


「甲は、奈良市新斎苑建設に伴い、乙の所有する土地について、下記の条件が満たされ次第、奈良市新斎苑建設用地として、鑑定評価等に基づく適切な価格で購入するものとし、最大限の努力をする。


条件--・新斎苑建設に伴う都市計画決定

------・奈良市議会で上記土地購入のための必要な議決」(甲は奈良市、乙は地権者)

と定められた。


  奈良市は、新斎苑の用地買収のため、平成29年9月15日、本件買収予定地の不動産鑑定評価を依頼することを決定し(甲5)、有限会社若草不動産鑑定及び大和不動産鑑定株式会社に対し、本件買収予定地の不動産鑑定評価を依頼した。


  有限会社若草不動産鑑定は、本件買収予定地の鑑定評価額を金5339万6000円(単価482円/㎡、価格時点は平成29年10月1日)と鑑定する旨の平成29年10月30日付鑑定評価書を奈良市に提出した(甲6)。大和不動産鑑定株式会社は、本件買収予定地の鑑定評価額を金4930万円(単価445円/㎡、価格時点は平成29年10月1日)と鑑定する旨の平成29年10月30日付不動産鑑定評価書を奈良市に提出した(甲7)。


  被告は、上述のとおり、平成29年11月22日、施設建設予定地だけでなく、追加買収予定地の用地買収を行う方針を明らかにしたうえで、買収価格については、地権者との交渉により、上記鑑定価格を大きく上回る金1億6772万2222円(単価1514円/㎡)とする予定であることを発表した(甲8、甲9)。


  また、奈良市の調査により、施設建設予定地には産業廃棄物が投棄埋設されていることが明らかとなっているが(甲10)、その地下埋設物処理費用については奈良市が負担するものとしており、不動産鑑定評価においても「土壌汚染の有無及びその状態」「地下埋設物の有無及びその状態」は価格形成要因から除外されている(甲6、甲7)。


第5 本件買収予定地の売買契約の締結は市長の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用し違法であること

1 地方公共団体の長による売買契約締結の裁量権に対する制約

  地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない(地方自治法2条14項)。そして、地方公共団体の長は、その事務を、自らの判断と責任において、誠実に管理し及び執行する義務を負い(地方自治法138条の2)、地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最小の限度をこえて支出してはならない(地方財政法4条1項)。

  したがって、地方公共団体の長がその代表者として一定の額の売買代金あるいは補償金を支払うことを約して不動産の売買契約を締結する場合、当該不動産を取得する目的やその必要性、契約の締結に至る経緯、契約内容に影響を及ぼす社会的、経済的要因その他諸般の事情を総合考慮した合理的な裁量に委ねられているものの、当該契約に定められた売買代金額等が鑑定評価等において適正とされた売買代金額をこえる場合は、上記のような諸般の事情を総合考慮した上で、地方公共団体の長の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものと評価されるときは、当該契約の締結が地方自治法2条14項等に反し違法となる(最高裁平成25年3月28日第一小法廷判決)。



2 鑑定価格の3倍を超える価格での用地買収

----(1)「公共用地の取得に伴う損失補償基準」及び「奈良市用地取得事務取扱要領」に違反すること

  公共事業の施行に伴う用地取得に係る補償については、昭和37年6月29日に「損失補償基準要綱」が閣議決定され、これと同時に公共用地の取得に伴う「損失補償基準要綱の施行について」が閣議了解とされた。この閣議了解の中で、地方公共団体においても、その行う事業に必要な公共用地の取得に伴う損失補償につき、要綱の定めに準じ、すみやかにその基準を制定する等の措置を講じることとされている。

 「公共用地の取得に伴う損失補償基準」(昭和37年10月12日用地対策連絡会決定)によれば、公共用地は土地の正常な取引価格により補償するものとされ(同基準8条1項)、正常な取引価格は、近傍類似の取引価格を基準として、所定の土地価格形成上の諸要素を総合的に考量して算定するものとされている(同基準9条1項)。

 「奈良市用地取得事務取扱要領」においても、その第2条で、

 「2 土地の価格は、不動産鑑定士による不動産鑑定評価額を上限として算定するものとする。

  3 一の土地につき複数の不動産鑑定評価を徴したときは、それらの評価による不動産鑑定評価額を平均した額を上限として土地の価格を算定するものとする。」と定められている。

 さらに、平成23年3月に国土交通省土地・水資源局総務課公共用地室が作成した「用地交渉ハンドブック」(序章 はじめに)では、

 「③ 公共事業の実施に伴う補償金額は、補償基準等の客観的ルールに基づいて算定されることから、権利者が当該補償金額に不満があっても交渉等により増額等が認められるものではなく、補償内容について十分な説明を尽くし理解を求めていくことが必要であること(民間において行われる用地取得等においては、価格決定に補償基準等の適用はなく、事業の採算性等を勘案して事業者が判断し権利者との間で自由意志に基づき決定されるものと考えられる。)。

 ④ 公共用地取得は、任意取得を原則としつつも、公共用地交渉が妥結に至らない場合は、一般的には土地収用法に基づく強制取得の手続きに移行することが予定されているものであること(民間において行われる用地取得は買収に応じない場合にその意に反して強制的に取得することはありえない。」

とされている。

   即ち、公共事業の実施に伴う補償金額は客観的ルールに基づいて算定されるため、価格交渉等で増額する余地はなく、当該補償金額で地権者の同意が得られなければ、用地取得を断念するか、土地収用するほかないのである。

  これを本件についてみると、奈良市が依頼した不動産鑑定は、「正常価格」を鑑定するために、いずれも取引事例比較法で試算価格を求め、地価公示標準地等の均衡にも留意したうえで鑑定評価が行われており(甲6、甲7)、鑑定委託者である奈良市の意向により「土壌汚染の有無及びその状態」及び「地下埋設物の有無及びその状態」が価格形成要因から除外されている点を除けば、上記損失補償基準における「正常な取引価格」と同視できるものである。

  ところが、被告が予定している本件買収予定地の買収価格は、奈良市が依頼した2つの不動産鑑定評価額の3.4倍(大和不動産鑑定株式会社)又は3.14倍(有限会社若草不動産鑑定)となっており、上記損失補償基準の「正常な取引価格」を大きく上回り、同基準及び「奈良市用地取得事務取扱要領」に違反するものである。


  (2) 名古屋高等裁判所の裁判例との対比からも明らかに違法であること

  この点、以下に述べる通り、適正価格の1.39倍で土地売買契約を締結したことについて、裁量権を逸脱ないし濫用した違法があったものと判断した名古屋高等裁判所の裁判例と対比しても、裁量権の濫用又は範囲を逸脱するものとして違法となることが明らかである。

 ① 名古屋高等裁判所平成19年5月30日判決(出典はウエストロー・ジャパン。平成19年10月23日最高裁第三小法廷決定により、上告棄却、上告不受理)

事案は、三重県名張市(以下単に「市」という。)の住民である被控訴人らが、市の斎場建設用地として市が土地所有者との間で土地の売買契約を締結して代金の一部を支払い、土地所有者や近隣工場に対して損失補償として金員を支出したことにつき、財務会計上の違法があるとして、市に代位して、元名張市長である控訴人に対して、平成14年法律第4号による改正前の地方自治法242条の2第1項4号に基づき損害賠償請求をした住民訴訟の控訴審である。

判決は、

「エ 本件各支出の違法性及び控訴人の故意・過失

  以上によれば、本件各土地の適正価格は、別表のとおり合計4億5000万8938円となる。ところが、本件各土地の買収金額は6億2719万6288円であるから(原判決別紙3【1】の買収金額総額から本件9土地にかかる公社先行取得手数料57万4473円を控除)、39.4パーセント増となっている。

上記認定のとおり、本件各土地の買収価格は、b-ⅱ第2鑑定の結果によったものであるところ、既に平成8年に同一の土地について市が依頼したb-ⅱ第1鑑定が存在し、b-ⅱ第2鑑定の評価額はこの第1鑑定の評価額を大幅に上回るものであったし、それより以前には本件各土地に近い団地用地について公社が依頼したb-ⅲ鑑定が存在し、その評価はb-ⅱ第1鑑定よりも更に低額であったのである。そして、平成6年、平成8年と平成11年との比較で一般的には地価が下落を続けていることは公知の事実といえるのであるから、市としては、単に資格を有する不動産鑑定士による鑑定結果(b-ⅱ第2鑑定)を得るのみではなく、その結果について、各鑑定、特にb-ⅱ第1鑑定と比較して増額となった理由について、なお十分に検討すべきであったものというべきである。それにもかかわらず、市は、補正後の原判決「理由」欄2(11)ないし(13)、(17)、(18)のとおり、平成11年2月12日ころb-ⅱ鑑定士から口頭で鑑定結果を聞くや鑑定書を審査することもなく(鑑定書の提出は3月5日である。)その価格で買収することを決めて同月18日、22日には市議会に用地買収価格として6億3000万円を提示し、6月21日に売主らと本件買収金額による仮契約を締結して手続を進める一方、根拠としている鑑定書を提示せよと特別委員会等で要求されたのに対して売主との交渉の妨げになるとしてこれを拒絶し(しかも、2月18日の特別委員会や22日の全員協議会のときには、まだb-ⅱ第2鑑定書自体完成していなかったものである。)、本件議決に至った最終日になって議事の途中でようやく同鑑定書を提示したものの、付属書類も添付せず、議決後にすぐ回収し、議員らがこれを検討する機会も十分に与えず、買収価格が高過ぎると追及されても「専門的な国家資格を持った不動産鑑定士が・・・導いた結論である」とし、再鑑定に付する意志もないと答弁していたものである(甲83の2等)。このような経緯と本件買収金額が適正価額(上記のとおり、これとても、やや高額ではあるけれども不動産鑑定士の鑑定として許容される範囲を逸脱するものとはいえないと評価されるb-ⅱ第1鑑定に基づいたものであり、いわば適正価格とされるものの中では上限に位置するといってよいものである。)の1.39倍に達していることを総合すると、控訴人には本件売買契約を締結するにつき裁量権を逸脱ないし濫用した違法があったものというべきである。そうして、上記認定の各事実によれば、控訴人には故意または過失があったものといわなければならない。

控訴人は、本件の個別的な事情を考慮すれば、買収金額について少なくとも適正価格の5割までの幅が許されるべきと主張する。しかし、上記に認定した経緯に照らすと、斎場建設が本件各土地以外では全く不可能であり、適正価格を上回る支出をしてまで市が早急にこれを取得しなければならないほどの事情があったものとまでは認められない(しかも、補正後の原判決「理由」欄2(23)のとおり、本件牛舎地の移転先の保安林解除予定告示は、平成13年12月4日になってようやくなされたものである。)から、前記の適正価格を上回る売買代金の決定が控訴人の裁量の範囲内ということはできず、上記の控訴人の主張は採用することができない。」

  と判示し、斎場建設が本件各土地以外では全く不可能であり、適正価格を上回る支出をしてまで市が早急にこれを取得しなければならないほどの事情がなかったこと等に鑑み、不当に高い不動産鑑定を精査することなく、適正価格の1.39倍で土地売買契約を締結したことについて、裁量権を逸脱ないし濫用した違法があったものと判断した。


② 名古屋高等裁判所平成26年6月6日判決(出典は裁判所ウェブサイト、判時2233号116頁、判例地方自治385号76頁。上訴されずに確定)

事案は、①の案件で、普通地方公共団体である被控訴人(名張市)が、斎場建設のため、土地所有者との間で土地の売買契約を締結し、建物所有者との間で建物移転の補償契約を締結したことにつき、当時の市長であった控訴人が適正な価格を超える代金額及び補償額で契約を締結したことが違法であり、被控訴人が上記各契約に基づき平成23年4月28日に上記契約当事者である土地及び建物所有者に支払った金員(遅延損害金を含む。)のうち、適正価格を超える部分2億4941万4130円(売買契約につき1億5720万円、補償契約につき6325万3221円、これらに対する平成20年9月12日から平成23年4月28日までの確定遅延損害金2896万0909円)相当の損害を被ったと主張して、控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、2億4941万4130円及びこれに対する上記支払日の翌日である同月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

  判決は、

「本件牧場地の取得の条件ともいうべき牧場主所有の牛舎の移転については、牧場主が希望する牛舎の移転先が保安林に指定されており、上記認定事実によれば、その解除には相当の困難を伴い、仮に解除されるとしても相当の期間を要することが当初から明らかであった上(オオタカの営巣等の調査があったとはいえ、現に、事前相談書の提出から解除予定告示まで2年3か月以上を要している。)、控訴人は、このことを認識しつつ、牧場主との間で、本件牧場地の引渡しを解除予定通知からさらに18か月も猶予する内容の本件協定書(甲52)を取り交わしているのであるから、控訴人が主張するように本件斎場の用地確保が緊急の課題であったならば、そもそも、そのような困難な条件を付され、条件が成就したとしても早期に明渡しのされない本件牧場地を取得の対象として計画を推し進めた控訴人の判断が合理性を有するものであったかには大きな疑問があるといわなければならない。上記認定事実のとおり、同時併行着工はされず、本件斎場の建設の着手までに長期間を要した結果、市長の交代に伴う方針転換により、結局、本件牧場地が本件斎場の建設用地に供されることはなかったのであるが、このことは、結果論ではなく、控訴人の上記判断が必ずしも合理性を有するものでなかったことを裏付けているというべきである。

  加えて、上述したとおり、本件各売買契約の代金額は、H第2鑑定に依拠するところ、同鑑定の評価額は、上記検討のとおり正常な取引価格の上限とすべきH第1鑑定の評価額よりさらに4割近くも高額なもので、かかる高額な代金額が設定されたのは、上記認定事実のとおり、移転先での牧場経営に必要な費用を代金(及び補償金)で賄いたい牧場主の意向に沿った高い価格を算出するために、H鑑定士に再度、鑑定を依頼したことに起因するが、そのような発想自体、公共用地は土地の正常な取引価格により補償すべきとする本件損失補償基準に照らし、許されるものではない。」(下線は筆者)

 「控訴人は、公共団体の長による売買代金額の決定が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるか否かの判断資料として、代金額と適正価格との比較に重きを置くことは、公共団体の長をして行政目的の遂行に消極的ならしめ、行政の迅速、円満な遂行を阻害するという弊害を招くので、相当ではないと主張する。しかし、上述したとおり、本件では、代金額が正常な取引価格の上限とすべき価格より高額であることのみではなく、かかる代金額の決定の経緯、すなわち、移転先での事業の継続に必要な費用の捻出という本件損失補償基準によれば正当化されない牧場主の意向に沿うべく、高い価格を算出するために鑑定を依頼し、正常な取引価格から乖離した評価額に依拠して代金額を決定したという経緯に加え、そもそも、正常な取引価格から乖離した高額の支出をしてまで、かつ、長期間の明渡猶予期間を本件協定書で約束してまで、その取得の条件である保安林の指定の解除に相当の困難と期間を伴うことが当初から予想された本件牧場地を、緊急性ある(と控訴人が主張する)本件斎場の建設用地として取得すべきであったかに大いに疑問があることを踏まえて、裁量権の逸脱又は濫用の有無を判断しているのであるから、控訴人の上記主張は採用できない。」(下線は筆者)

  「上記認定事実のとおりの本件各売買契約の代金額決定に至る経緯に照らせば、控訴人は、H第2鑑定の評価額が正常な取引価格から乖離した高額なものであることを認識した上で、同評価額どおりの代金額で本件各売買契約を締結したものと認められるから、不法行為の成立要件としての故意があったというべきである。そうでないとしても、後述するとおり、少なくとも重大な過失が認められるべきである。」(下線は筆者)

 等と当時の市長であった控訴人の責任をかなり厳しく追及している。

 ③ 津地方裁判所平成25年9月5日判決(出典は判時2206号95頁、判例地方自治385号83頁、②の原審)

判決は、②の上記引用部分末尾の「重大な過失」について、

  「すなわち、前記一、三のとおり、本件各売買契約の代金額はC第二鑑定の評価額に依拠したものであるところ、既に平成八年にほぼ同一の土地について原告が依頼したC第一鑑定が存在し、C第二鑑定の評価額はC第一鑑定の評価額を大幅に上回るものであり、また、それより以前には本件各土地に近い工業団地用地の取得に際し名張市土地開発公社が依頼したD鑑定が存在し、その評価はC第一鑑定よりも更に低額であった。原告は、平成一一年八月頃には、本件牧場地と同番の土地の一部を、市道a工業団地中央線道路用地として一万三六〇〇円/㎡で購入している。そして、平成六年、平成八年と平成一一年との比較で一般的には地価が下落を続けていることは公知の事実であった。したがって、被告としては、単に資格を有する不動産鑑定士による鑑定結果(C第二鑑定)を得るのみではなく、その結果について、各鑑定、特にC第一鑑定と比較して増額となった理由について、なお十分に検討すべきであった(土地評価事務処理要領一五条参照)。そうであるにもかかわらず、被告は、前記のとおり、平成一一年二月一二日ころC鑑定士から口頭で鑑定結果を聞くと、鑑定書の提出を待つことなく、したがって評価額の算出過程を全く検討しないまま、その価格で買収することを決めて、同月中には特別委員会及び市議会全員協議会に用地買収価格としてC第二鑑定に依拠した六億三〇〇〇万円を提示し、同年六月二一日に所有者らと本件各売買契約に係る仮契約を締結して手続を進める一方、本件議決に至った会期の最終日になって議事の途中でようやくC第二鑑定の鑑定書を提示したものの、付属書類も添付せず、議決後にすぐ回収し、議員らがこれを検討する機会を十分に与えず、買収価格が高過ぎると追及されても「専門的な国家資格を持った不動産鑑定士が……導いた結論である」と形式的な答弁するなどしていたのである。このような経緯を総合すると、被告には少なくとも本件各売買契約を締結するにつき重大な過失があったものといわなければならない。

(2) この点、被告は、監督官庁である国土交通大臣は、C鑑定士に対しC第二鑑定について、何らの処分をしていないこと(不動産の鑑定評価に関する法律四〇条二項、四二条)からすれば、被告がC第二鑑定を信頼しうると考えたことは、何らの過失がないと主張する。しかし、適正な価額を超える鑑定を行っても直ちに懲戒処分に付されるとは限らないから、上記主張は理由がない。

  また、被告は、本件各土地の売買代金の支出は、市議会や特別委員会で何度も議論を重ね、本件議決を経てなされたものであり、執行部としては議会の議決に拘束される立場にあった旨主張する。しかし、議員からは、C第二鑑定に対する疑念が示され、再鑑定に付すべきとの意見も出されたが、被告は、充分な資料提供や説明をすることなく、国家資格を持った専門家が判断したことであると、また、助役は再鑑定の要否を検討することもなくその必要はない旨応答して、上記議員の疑念を払拭するような応答はしていないから、上記被告の主張は採用できない。」(下線部分は、②の控訴審で付加された箇所)

  と判示した。


3 不必要な追加買収予定地の買収

  上述のとおり、被告は、平成29年11月、突如、新斎苑整備事業において、追加買収予定地を買収する旨を発表した。当該土地は、本件施設建設予定地に隣接しているものの、実際に施設に関する利用はほとんど予定されておらず、被告の奈良市議会における答弁によれば、追加買収予定地の具体的な事業計画等については決まっていない。具体的には、平成29年12月6日に植村佳史市議の質問に対して、「この活用については、新斎苑の整備に伴う観測井や上水道の施設の敷設に必要であるということとともに、地域から御意見をいただいております防災対策、またバッファゾーンとしての位置づけを中心とし、具体的な内容については今後さらに詰めてまいりたいと考えております。また、この対策に係る費用や財源につきましても、この対策がどのような形になるかということにもよりますので、現時点ではお示しすることは難しいかと存じております。」と答弁している。


 さらに、追加買収予定地は保安林に指定されている箇所も含まれており(別紙物件目録2の土地)、そもそも現状に変更を加える開発が困難な場所である。保安林は水源の涵養、災害防備等のため、立木の伐採、土地の形質変更が制限されており、そのような土地の積極的な利用のためには保安林の指定を解除しなければならないが、指定の解除は公益上の必要が生じたときなど要件が厳しく、このような土地が何らかの形で利用できるようになるとは考えにくい。


  以上のことからすると、追加買収予定地は、現在において利用目的がなく、現状に変更を加えることが困難な土地であることから将来的な利用見通しも立たないのであって、奈良市が本件新斎苑整備事業のために買収する必要性は全く見当たらず、不必要な用地買収である。


4 不要な地下埋設物処理費用の負担


  上述のとおり、奈良市の調査により、施設建設予定地に産業廃棄物が投棄又は埋設されていることが明らかとなっているところ、その処理費用、1億4215万4478円(甲10の43~44頁参照)は奈良市が負担するとしている。なお、この費用は、奈良市が村本・アール・アイ・エー・阪神C・村本・三和特定建設工事共同企業体・宮本異業種特定建設工事共同企業体との間で締結予定の総額49億6195万2000円の工事請負代金の中から支出されるものと思われる(甲11)。


  産業廃棄物が投棄埋設されているという状態は、不動産鑑定評価の価格形成要因としてマイナス評価(所有者に対して不利益に評価されるという意味)となるところ(国土交通省発行不動産鑑定評価基準9~10頁の「第3章 不動産の価格を形成する要因」「第3節 個別的要因」「Ⅰ 土地に関する個別的要因」「1.宅地」等を参照)、上述のとおり本件買収予定地における不動産鑑定評価では、鑑定委託者である奈良市の意向により「土壌汚染の有無及びその状態」及び「地下埋設物の有無及びその状態」が価格形成要因から除外されていた。そして、甲6の鑑定評価書の3頁には「土壌汚染及び地下埋設物に係る調査及びこれらが存した場合における措置については、別途約定される予定であり、鑑定評価書の利用者は当該内容を約定することによるリスクを十分に認識しているものと判断される」と、地下埋設物の撤去を土地の買主である奈良市が行うという約定が奈良市と地権者の間にすでに存在することを窺わせるような記述がある。


しかし、不動産鑑定評価において反映されなかったマイナス評価の部分については、本来、売主である地権者が負担しなければならない。したがって、奈良市が本件買収予定地に投棄埋設されている地下埋設物の処理費用を負担する行為は、本来、売主である地権者が負担しなければならない不要な費用を負担するものである。


 5 小括


  上述のとおり、被告は、本件買収予定地の用地買収にあたり、その買収価格を鑑定価格の3倍をこえる価格に設定しようとしており、しかも、本件買収予定地には約6.1haの不必要な追加買収予定地も含まれ、さらには、本来売主である地権者が負担すべき本件買収予定地に投棄埋設されている産業廃棄物の処理費用まで負担しようとしている。


  さらに言えば、本件新斎苑整備事業における適正買収価格は多く見積もっても金2268万7000円(不動産鑑定価格の平均値単価463円/㎡、施設建設予定地49,000㎡)であるところ、奈良市が現在予定している買収価格は、実質的には本件買収予定地の価格金1億6772万2252円(単価1,514円/㎡、本件買収予定地110,780.88㎡)に地下埋設物処理費用(金1億4215万4478円)を加えた3億987万6730円である。つまり、実質的には適正価格の約13.66倍もの価格によって、本件買収予定地を買収しようとしているものである。


したがって、本件買収予定地の売買契約が締結されれば、被告の行為が、地方自治法2条14項及び138条の2並びに地方財政法4条1項に反し、その裁量権を濫用又はその範囲を逸脱する違法なものとなることは明らかである。


第6 本件買収予定地取得の必要性と取得に至る背景事情


 1 はじめに


上述のとおり、実質的には適正価格の約13.66倍もの価格で本件買収予定地を買収することを、なぜ被告は進めているのだろうか。奈良市の新しい火葬場の候補地は、本件買収予定地以外に考えられないのだろうか。それとも被告が本件買収予定地に拘る何か別の理由があるのだろうか。そうした疑問が当然のように湧いてくる。


 2 被告は当初、本件買収予定地での火葬場建設に反対だった。

  本件買収予定地での火葬場建設は、被告の前任者である藤原昭・前奈良市長の時代に総工費約44億円~50億円で計画されていたものであるが、平成21年7月に就任した被告は、就任直後の奈良市議会において、平成21年9月11日、「平成19年度末に横井町の山林を新火葬場建設候補地として計画をいたしましたけれども、その後、新火葬場建設予定地の白紙撤回に関する請願書が提出をされ、その審査が厚生委員会に付託され、過去3回の慎重な御審査を経てきたところでございます。


  本市といたしましては、その審査内容を真摯に受け、再検討の結果、この候補地は当初計画事業費より進入路等のインフラ整備において多額の費用を要することや今までの地元住民の思いや今後の考え方など総合的に勘案をし、市域全体から別の候補地も考えなければならないと方針決定いたしました。今後、あらゆる角度から再度見直しを行い、早急に建設候補地を決定をし、地元周辺の住民の皆様の御理解を得て平成26年度末の竣工を目指してまいりたいと考えております。


  しかしながら、全体事業費が44億円から50億円と大きいことが見込まれておりますし、現在の市の厳しい財政状況を考慮し、事業費を縮減するための対応策としては、規模や内容、コストなどの面を総合的に見直しをすることにより経費の節減につなげてまいりたいと考えております。」と答弁し、本件買収予定地での火葬場建設は、当初計画の事業費より進入路等のインフラ整備において多額の費用を要することやそれまで建設に反対してきた地元住民の思いを勘案し、白紙撤回を表明した。


 3 新火葬場建設候補地の選定過程に合理性、透明性がないこと


  奈良市市民生活部新斎苑建設推進課が作成した「新火葬場建設候補地として検討された場所の詳細と断念・廃案となった理由(過去20年)」と題する文書(甲12)によれば、本件買収予定地については「地元関係自治会と協議中に市長交代となり、奈良市全体から再度見直し検討を行う方針が出される。」とされ、上述のとおり、被告が平成21年に奈良市長に就任し、一旦白紙撤回したことが窺われる。


  そして、同文書によれば、平成21年度以降、合計で約20か所の候補地が検討されたとされているが、候補地とされなかった理由については、


「① 土地取得が困難

  ② 周辺環境(住宅等)、

  ③ 道路(幹線道路の課題)、

  ④ その他(利便性)


これらを総合的に判断し、法連佐保山(奈良ドリームランド跡地)が選出された。しかしながら、約2年間交渉するも地権者の同意が得られず断念。」


と記載されているのみである。この点について、これ以外の資料は一切公表されておらず、奈良市の職員及び被告が具体的にいかなる検討を行ったのか、地元住民といかなる話し合いを行ったのかは一切不明であり、最終的にどのような理由から本件買収予定地が新火葬場建設候補地として選定されたのかは全く分からない。


 4 他の候補地の優位性


  奈良市内には解散した奈良市土地開発公社が保有していた遊休地が多くある(奈良市土地開発公社解散プラン(甲13)の10~11頁)。これらのうち、主なものを示すと、


(1)西ふれあい広場建設事業用地(二名)


(奈良市土地開発公社経営検討委員会最終報告書(甲14)16~18頁)


(2)公園建設事業用地(奈良阪町)


(奈良市土地開発公社経営検討委員会最終報告書(甲14)19~20頁)


(3) 体育施設整備授業用地(横井町)


(奈良市土地開発公社経営検討委員会最終報告書(甲14)24~26頁)


(4) 中ノ川造成事業用地(中ノ川町、芝町)


(奈良市土地開発公社経営検討委員会最終報告書(甲14)27~29頁)


があり、平成21年度以降に市内部で検討された合計約20か所の候補地にも含まれている(「新火葬場建設候補地として検討された場所の詳細と断念・廃案となった理由(過去20年)」と題する文書(甲12)の5~10番)。


上記、(1)西ふれあい広場建設事業用地(二名町)、(2)公園建設事業用地(奈良阪町)、(3)体育施設整備授業用地(横井町)、(4)中ノ川造成事業用地(中ノ川、芝町)と現建設予定地とを比較すると、


①公道に近接しており、新規に取り付け道路を建設する必要がない(約8億5000万円有利。甲2の52頁参照)。


②市有地であり、土地購入価格がゼロである(約1億7000万円有利)。


③橋梁建設の必要がない(約6億円有利。甲2の52頁参照)。


④大規模な土地造成の必要がない。


⑤現計画のような掘割道路の建設の必要がない。


⑥現建設地には過去に産業廃棄物が投棄されており、その処理費用(約1億4千万円)を奈良市が負担することになっているが、これらの場所では産業廃棄物処理の必要は無い((4)中ノ川造成用地(約16ヘクタール)には一部産業廃棄物が埋設されている場所があるが、全てに産業廃棄物が埋設されているわけではない)。


 このように、(1)から(4)の上記いずれの候補地を採用したとしても、18億円程度あるいはそれ以上の経費節減が見込めると考えられる。すなわち、本件買収予定地より経費、利便性、安全性その他の点から有利な場所が複数ある。にもかかわらず、なぜ被告が本件買収予定地を候補地として決定したのか、その理由は全く不明である。


 5 鑑定評価額が判明する以前から本件買収予定地の買収総額について奈良市と地権者との間で一定の合意が成立していた蓋然性が高い


(1) 被告と地権者との間で当初から本件買収予定地全体を購入することが決まっていた。

  奈良市市民生活部新斎苑建設推進課が作成した「奈良市「新斎苑」計画における地権者との交渉記録」と題する文書(甲15)によれば、平成26年12月11日から平成29年12月4日までに間、奈良市職員又は被告は合計30回、地権者と用地買収に係る協議を行っている。


  その途中の平成27年7月30日、被告は地権者との間で「奈良市新斎苑建設に伴う土地購入等に関する覚書」(甲4)を締結しているが、この第2条では購入予定地は「奈良市横井町924番1他」とされている。この「奈良市横井町924番1」は有限会社若草不動産鑑定の鑑定評価書(甲6)25頁の公図のとおり、追加買収予定地の北西端に位置する土地であり、本件買収予定地には含まれていないが、この土地だけを飛び地で購入するはずはないので、その位置からすれば、ここから東端の奈良市横井町928番1に至る地権者所有の本件買収予定地全体を購入する約束がこの時点で既に被告と地権者との間で出来ていた蓋然性が高い。そして、この「奈良市横井町924番1」の土地が、地番が一番若いため、覚書に例示として記載されたと推察される。なお、平成27年7月30日にこのような覚書を結んでおきながら、上述のとおり、追加買収予定地の購入を市議会や市民に初めて明らかにしたのは、平成29年11月22日だった。


(2) 被告と地権者との間で当初から買収総額は約3億円という合意が成立していた


  平成28年1月に発表された奈良市新斎苑基本計画(案)(甲16)の42頁には、用地費・調査委託費等で約6億円という記述がある。このうちの用地費については、平成28年12月9日の奈良市議会市民環境委員会で、向井政彦副市長が「事業規模で、建設費用で49億円、その他調査費が約2億円と見ております。その他用地費としては、これは本当に枠ということで約3億円ということでございます。」と答弁しており、遅くともこの時点で、被告と地権者との間で買収総額を約3億円とする一定の合意が成立していた蓋然性が高い。


  これを裏付ける被告本人の議会答弁も存在する。被告は、平成29年12月6日に奈良市議会において、植村佳史議員の質問、即ち「基本計画において、土地関係経費として3億円を予定していたと以前に説明されましたが、今回の計画地を鑑定価格の3倍での購入費約8781万円と、そして産廃撤去費の本市が買い主として負担する1億4215万円、そして保安林も含めているこの追加購入の土地で7991万円の合計が3億987万円となっております。この金額合計は、基本計画の3億円と偶然に同じ金額だったのでしょうか。市長は当初からそれを知っていて、本市が負担するおつもりだったのではないかとの声が寄せられています。もしそうであるならば、なぜ都市計画決定や、そして市長選挙、そして9月議会での債務負担行為76億円の提出前に我々議会や市民にそのことをおっしゃられなかったのか、その点をお聞かせください。」との質問に対して、「約3億円という、いわゆる土地関係経費と偶然一緒ではないかということでございます。今回、我々も実際に鑑定作業を行うまでは、正直申し上げまして、いわゆる民間のこの鑑定会社からの鑑定がこれぐらい低い数字になるというふうには正直考えていなかったところもございます。また、当然のことながら投棄物が出てきて、それに費用を要するということについても想定外ということでございました。ただ、結果として当初予定をしていた予算の中におさまるという形になりましたので、当初の事業計画に大きな狂いを生じさせることなく、皆様にも安心して御理解いただける内容と取りまとめることができたのではないかと、私としては認識させていただいております。」と答弁している。


  この答弁は、質問の核心に対して全く答えることをせず、基本計画おける土地関係経費3億円という予定と本件買収予定地の買収価格が偶然に一致したという趣旨を述べるものであって、この答弁からも、遅くとも平成28年12月の時点で、被告と地権者との間で買収総額を約3億円とする一定の合意が成立していたことが窺われる。


 6 買収総額を約3億円とするために講じられた様々な対策


(1) 施設建設予定地はそもそも約4.9ヘクタールも必要ないこと


  奈良市新斎苑基本計画(案)(甲16)では「計画地は面積約5ha」(4頁)とされ、奈良市新斎苑基本計画(甲2)でも同様とされている(4頁)。そして、都市計画決定は約4.9ヘクタールとされている(甲3)。


  一方で、奈良市新斎苑基本計画(甲2)によれば、火葬場の延床面積は約4800平方メートル(地階約3600平方メートル、地上1階1200平方メートル)であり(41頁)、施設建設予定地の建築規制は水平投影面積20%以下、容積率40%以下であるから(41頁)、計算上、敷地は水平投影面積の規制上は6000平方メートル(1200平方メートル÷0.2)、容積率の規制上は12000平方メートル(4800平方メートル÷0.4)あれば、十分ということになる。


但し、建物の底地部分を支える斜面、調整池、アクセス道路及び同道路を支える斜面なども必要になるが、それらを加えても、「新斎苑計画地の面積を4.9ヘクタールとした具体的根拠に係る行政文書開示請求書及びそれに対する開示文書」(甲17)のとおり、土地の改変面積に相当する21462平方メートルもあれば十分である。


(2) 追加買収予定地の買収及び地下埋設物処理費用の負担


(1)並びに前記第5の3及び4で詳述した通り、不必要な追加買収予定地の買収や地下埋設物処理費用の買主負担が買収総額を約3億円とするために講じられた様々な対策の一つであることは明らかである。


(3) 買収総額を約3億円とするための強引な単価の設定


  被告は、鑑定価格の3倍を超える価格での用地買収について、平成29年12月6日の奈良市議会において植村佳史市議に質問され、次のように答弁している。


  植村佳史市議


「1点目に、平米当たり1,514円という単価は、必要な判断であったと認識しているとの答弁でありましたが、以前の議会でも出ましたけれども、平成27年7月30日の地権者と市長の土地購入に関する覚書--これですね(植村佳史議員資料を示す)--第2条には、鑑定価格等に基づく適切な価格で購入するものとし、最大限の努力をすると、こういうふうにあるわけですね。しかし、鑑定評価の3倍の価格というのは、鑑定評価に全く基づいていないのではないのかという疑問が出てきております。その整合性についてお聞かせください。


2点目に、先ほどの答弁をいろいろ聞いておりましたけれども、どうも腑に落ちない点がございますのでお聞きさせていただきたいと思います。


基本計画において、土地関係経費として3億円を予定していたと以前に説明されましたが、今回の計画地を鑑定価格の3倍での購入費約8781万円と、そして産廃撤去費の本市が買い主として負担する1億4215万円、そして保安林も含めているこの追加購入の土地で7991万円の合計が3億987万円となっております。この金額合計は、基本計画の3億円と偶然に同じ金額だったのでしょうか。市長は当初からそれを知っていて、本市が負担するおつもりだったのではないかとの声が寄せられています。もしそうであるならば、なぜ都市計画決定や、そして市長選挙、そして9月議会での債務負担行為76億円の提出前に我々議会や市民にそのことをおっしゃられなかったのか、その点をお聞かせください。」


   被告


「まず、この覚書と今回の提案申し上げております金額との間に整合性がないのではないかという御指摘でございます。


  これは、鑑定価格等というふうに表現をいたしております。要は、いわゆる市場価値の中でこの土地を購入する。要は、むちゃくちゃな値段で買うということは、やはり今の時代、行政としては難しいということを念頭に置いて、いわゆる常識的な価格で買うんだということを書いているのが趣旨でございます。


  鑑定等の「等」というところについては、先ほど申し上げましたように、いわゆる民間での取引事例がほとんどないということから、いわゆる鑑定のみで判断をするのは非常に難しいと。一方で、たとえ県が以前に購入をしていたといっても、県の金額だけをベースに判断をするのもバランスがとれないであろうというふうに考えましたことから、両方を勘案したということでございます。


  また、当然のことながら、土地については相場が変わりますので、県の購入された時代から今の時代において、やはり地価が下がっておりますので、その下がった影響分も当然見込もうということで、市としては極力金額を安く抑えたいということは、当然最少の経費で最大のサービスをという地方自治の本旨に照らし合わせましても、より少ない金額でということは念頭にありますが、一方でこの土地を市民の60年来の悲願のためには何としても取得が必要だということから、適切な価格で購入をするための内諾を頂戴できたというふうに考えております。


  それから、2問目といたしまして、約3億円という、いわゆる土地関係経費と偶然一緒ではないかということでございます。


  今回、我々も実際に鑑定作業を行うまでは、正直申し上げまして、いわゆる民間のこの鑑定会社からの鑑定がこれぐらい低い数字になるというふうには正直考えていなかったところもございます。また、当然のことながら投棄物が出てきて、それに費用を要するということについても想定外ということでございました。ただ、結果として当初予定をしていた予算の中におさまるという形になりましたので、当初の事業計画に大きな狂いを生じさせることなく、皆様にも安心して御理解いただける内容と取りまとめることができたのではないかと、私としては認識させていただいております。」


  この被告の答弁は、詳細に検討すると自己矛盾を含んでいることがわかる。即ち、被告は「我々も実際に鑑定作業を行うまでは、正直申し上げまして、いわゆる民間のこの鑑定会社からの鑑定がこれぐらい低い数字になるというふうには正直考えていなかったところもございます。」と述べている。それならば、鑑定価格をそのまま買収総額とすることも想定していたはずである。にもかかわらず、その前段の答弁では、鑑定書の出される2年以上前の平成27年7月30日付け覚書の「鑑定評価等に基づく適切な価格で購入する」との約定の「鑑定評価等」の「等」については、民間での取引事例がほとんどないということから、奈良県によるダム建設用地買収の事例を念頭に置いていたと回答している。「鑑定がこれぐらい低い数字になるというふうには正直考えていなかった」のに、鑑定書の出される2年以上前の平成27年7月30日に「等」にそこまでの意味を込めて、鑑定価格より高く購入できる余地を残して、覚書を締結していたというのは極めて不自然である。


  実際は、鑑定が予想以上に安かったので、地権者との買収総額は約3億円とするという合意を履行するために、奈良県によるダム建設用地買収の事例を後から持ち出し、次に述べる通りそれと鑑定評価額との平均値を取るという手法を採らざるを得なかったのである。


(4) 奈良県によるダム建設用地買収事例を参考に買収単価を決定することの不合理性


 奈良市は、本件買収予定地の北側を流れる岩井川の上流に奈良県が建設した岩井川ダムの用地買収において、岩井川の左岸に存する土地(本件買収予定地も岩井川の左岸に存する)が1㎡あたり4300円で買収されたことから、その金額を時点修正した1㎡あたり2566円と奈良市が依頼した2社の不動産鑑定事業者の不動産鑑定価格の平均額である1㎡あたり463円の平均値を採用とし、1㎡あたり1514円と決定したという(甲8及び「岩井川ダム(奈良県事業)建設時における用地取得の「算定根拠」(金額)」と題する書面(甲18))。


  しかし、岩井川ダムの用地買収価格は昭和61年であり、時点修正されているとはいえ、本件とは時代が全く異なること、場所も異なること、ダム建設用地の買収はこれが岩井川ダムのように治水目的のダムであることを考えると用地には代替性が乏しく、緊急性も高く、鑑定価格を一定程度上回る買収価格の設定もあり得たと言える。これに対し、本件では、用地の代替性がないとか防災のための緊急性があるといった事情はなく鑑定価格を上回る金額での買収には合理性がない。また、奈良市は岩井川ダムの用地買収にあたって作成されたと思われる土地価格に関する当時の鑑定書などを参照しておらず、価格を導き出した根拠ないし過程を窺い知ることができず、価格の合理性の検証が不可能であること(「岩井川ダム(奈良県事業)建設時における用地取得の「算定根拠」(金額)」と題する書面(甲18)によれば、奈良市は平成21年3月に奈良県が作成した「岩井川ダム工事誌」という書物で当時の買収単価を確認したに過ぎない。)等の諸事情を考えると、岩井川ダムの買収価格を本件の用地買収価格の根拠ないし参考にすることは極めて不合理である。


(5) 被告自ら価格交渉をし、買収価格を決定していること


  平成29年12月6日の奈良市議会において、植村佳史市議は被告に対し、「地権者と重要な価格交渉の場に、新斎苑担当部長と課長は参加されなかったとお聞きしておりますが、直接の担当責任者であるのになぜその場所に同伴しなかったのか、その理由をお聞かせください。また、誰がそのときに参加したのかもお聞かせください。」と質問した。


  これに対し、被告は「これまでも地権者の方とは、さまざまな機会に担当課の職員と用地買収についてのお話し合いもさせていただいてきたところでございます。私も何度もお目にかかってございます。一方で、いよいよ用地交渉の最終段階ということに相なりまして、当然のことながら金額面での折り合いということはもちろんながら、市としてのやはり真摯な態度で誠意を尽くすということもあり、担当課の職員ということでは決裁権もなく、地権者から高度な判断を求められた場合には対応ができないであろうというふうにも考えました。一方で、私一人でお邪魔をするということであれば、やはり密室で物事が決まるというそしりも受けかねないということもございますので、所管でございます向井副市長と私と2名でお邪魔をさせていただきまして、何度も御説明を申し上げ、御理解を頂戴した次第でございます。」と答弁した。


  上述した平成23年3月に国土交通省土地・水資源局総務課公共用地室が作成した「用地交渉ハンドブック」の記載のとおり、公共事業の実施に伴う補償金額は客観的ルールに基づいて算定されるため、価格交渉等で増額する余地はなく、当該補償金額で地権者の同意が得られなければ、用地取得を断念するか、土地収用するほかないにもかかわらず、奈良市と地権者との間で買収総額を約3億円とする一定の合意が成立していたことから、被告は自ら価格交渉の場に出向き、買収価格をそれに近付けるための最終判断をしたのである。


 7 小括


  このように、そもそも奈良市が新火葬場の建設用地として本件土地を取得する必要性自体が乏しく、実質的には適正価格の約13.66倍もの価格によって本件買収予定地を購入することを正当化できるような事情は何もない。


 にもかかわらず、被告が本件買収予定地の買収を強引ともいえる方法で進めてきたのは、別の理由、すなわち地権者から総額約3億円で購入するという合意がどこかの時点で成立し、それを履行せざるを得なかったという事情が背景にあったものと推察される。


第7 被告の故意又は重過失


1 前掲名古屋高等裁判所平成26年6月6日判決における市長の故意又は重過失


 上記判決では、「本件では、代金額が正常な取引価格の上限とすべき価格より高額であることのみではなく、かかる代金額の決定の経緯、すなわち、移転先での事業の継続に必要な費用の捻出という本件損失補償基準によれば正当化されない牧場主の意向に沿うべく、高い価格を算出するために鑑定を依頼し、正常な取引価格から乖離した評価額に依拠して代金額を決定したという経緯に加え、そもそも、正常な取引価格から乖離した高額の支出をしてまで、かつ、長期間の明渡猶予期間を本件協定書で約束してまで、その取得の条件である保安林の指定の解除に相当の困難と期間を伴うことが当初から予想された本件牧場地を、緊急性ある(と控訴人が主張する)本件斎場の建設用地として取得すべきであったかに大いに疑問があることを踏まえて、裁量権の逸脱又は濫用の有無を判断しているのであるから、控訴人の上記主張は採用できない。」「上記認定事実のとおりの本件各売買契約の代金額決定に至る経緯に照らせば、控訴人は、H第2鑑定の評価額が正常な取引価格から乖離した高額なものであることを認識した上で、同評価額どおりの代金額で本件各売買契約を締結したものと認められるから、不法行為の成立要件としての故意があったというべきである。そうでないとしても、後述するとおり、少なくとも重大な過失が認められるべきである。」と判示されている。


2 解散した奈良市土地開発公社による違法又は著しく不当な土地の先行買収の事例、その手法及び問題点を被告は熟知しながら、自らそれと同じ轍を踏んだこと


  奈良市は、被告の市長就任後、奈良市土地開発公社による違法又は著しく不当な土地の先行買収の実態調査に乗り出し、被告が設置した奈良市土地開発公社経営検討委員会が平成23年3月28日に最終報告書を提出した(甲14)。それによれば、同公社による先行買収の問題点は以下のようなものであった(甲14の7~8頁)。


「1 本問題は、公社“制度悪”によるものではなく、これを運用した市の“運用悪”であるところに本質がある。


 2 運用に関与した関係者全員がその責任を回避しあう中で損害が拡大する「モラルハザード・スパイラル」が発生している。


「モラルハザード・スパイラル」の基本的構図は、第2の「③調査結果の概要」でも一部触れたところではあるが、下記のようなものとなっている。


① 不動産所有者(市民)が所有不動産を高額で売却したい、税制上のメリットを享受したい、という意向をもつ。


② 議員・圧力団体・地域有力者等が、市に対して買取り要請/圧力をかける。


③ 市上層部は、議会運営、市政運営の円滑化その他に配慮して圧力を容認する方向で担当部局へ指示を出す。


④ 担当職員は、上層部からの指示であることを理由に、事業の実現可能性等の検討を十分に行うことなく、これを受け入れる(違和感を感じながら関与する者もいれば、全く感じずに進める者もいる)。


⑤ 買取価額決定時にも再度①~④が繰り返され、不動産鑑定士もその意向を受け、実勢価額とは乖離した高額な鑑定結果を提出する。


⑥ 公社は、担当部局の決裁があることを理由に具体的な審査なく買取りを決定する。


⑦ 金融機関は、市の債務保証があることを受けて、事業の実現可能性等の十分な検討なく貸し付けを行う。


⑧ 監査・監視機能が総じて機能不全であり、土地取得等に関しても実質的に市議会のチェック機能が働きにくく、適切な監視機能を果たすことができない。


⑨ 事業化が困難となった後も、損失を顕在化させずに金利を支払いつつ、穴埋めの資金調達(市予算、国からの補助金)ができるのを待ち続ける。


3 こうした結果、発生した損失は将来世代に付け回されることになる。これら負の遺産は、将来の増税、もしくは将来の行政サービスカットにて賄われなければならないことになる。


このようなことが横行するようなガバナンス能力に欠けた経営組織では、自主・自立の地域経営は程遠く、地方分権もままならない。」


 この最終報告書が提出された後、奈良市は平成24年8月に「奈良市土地開発公社解散プラン」(甲13)を作成した。そして、それに従い、平成24年10月に約173億円のいわゆる三セク債を発行して同公社の債務を金融機関に代位弁済し、同公社はその保有土地を奈良市に代物弁済(約13億円)した。その結果、差し引き約160億円の奈良市の同公社に対する債権が残り、同公社は債務を残した状態では解散できないことから、奈良市は市議会の議決を得て、同債権を放棄し、平成25年3月29日に同公社は解散した。


  被告がなぜ本件のような違法な用地買収を進めたのか、その真の理由は不明であるが、このように、被告は解散した奈良市土地開発公社による違法又は著しく不当な土地の先行買収の事例、その手法及び問題点を熟知しながら、自らそれと同じ轍を踏んだと評価せざるを得ない。


3 本件における被告の故意又は重過失


本件の場合、


① 不動産鑑定士の導いた鑑定評価額を3.14倍から3.4倍上回る価格で土地売買契約が締結された。


② さらに保安林を含む不必要な土地の購入や地下に埋設されている地下埋設物処理費用の負担まで考慮すれば、実質的には適正価格の約13.66倍もの価格によって本件買収予定地を購入するものである。


③ 参考にすべきできない公共用地買収事例の購入価格を参考にするなど購入価格の算定方法も極めて杜撰である。


④ 地権者から総額約3億円で本件買収予定地を購入するという合意がどこかの時点で成立し、それを履行せざるを得なかったと推測される。


⑤ 被告は解散した奈良市土地開発公社による違法又は著しく不当な土地の先行買収の事例、その手法及び問題点を被告は熟知していた。


⑥ さらに、奈良市は、上述の奈良市土地開発公社経営検討委員会作成にかかる最終報告書(甲14)において、奈良市横井町に存する体育館施設整備事業名目で同公社が取得した土地の平成20年度末時点の実勢価格が289円/㎡であるとの報告を受けていた(甲14の24頁)。また、奈良市は同土地について、上述の「奈良市土地開発公社解散プラン」において、平成24年度の簡易実勢価格が約124円/平方メートル程度であることを把握していた(甲13の10頁)。この土地は、本件買収予定地の近隣地であり、かつ、本件買収予定地と同様の山林である。とすれば、奈良市は、本件買収予定地が、この土地と同程度の価格、即ち124円/平方メートル程度であるということを把握しており、奈良市長である被告においても、これを知り又は容易に知ることができる状況にあった。


⑦ 被告は自ら地権者との価格交渉の場に出向き、買収価格を最終判断している。


など①から⑦の事情を考慮し、前掲名古屋高等裁判所平成26年6月6日判決における市長の故意又は重過失と対比すれば、本件買収予定地の売買契約の締結に当たり、被告に故意又は重過失があったことは明らかである。


第8 損害


  奈良市が依頼した2社の不動産鑑定事業者の不動産鑑定価格の平均値は463円/㎡であり、これに都市計画決定された施設建設予定地49,000平方メートルを乗じると、金2268万7000円となる。但し、これとて、実際に必要な面積は12,000平方メートル程度なので、適正な買収価格とは言い難い。また、地下に産業廃棄物が埋設され多額の処理費が必要なこと、保安林を含むこと、急傾斜地であること、土砂災害警戒区域に隣接していること(甲2の22頁参照)等を考慮すれば、本件買収予定地は実質的に無価値である。


  また、上述のとおり、本件買収予定地より適切な火葬場建設候補地は他にも多くあり、そもそも本件買収予定地の取得の必要性は乏しい。


  従って、本件買収予定地の売買代金である金1億6772万2252円全額(単価1,514円/㎡、面積110,780.88㎡)が奈良市の被った損害と言うべきである。


第9 地権者の責任


  奈良市と地権者との交渉の過程では、当然地権者が本件買収予定地全体を高額で購入すること及び地下埋設物の撤去費について奈良市が負担することを強く求めたと推定される。従って、奈良市が別紙物件目録1~7記載の各土地を金1億6772万2252円で購入することによる奈良市の損害の発生については地権者に故意又は重過失があることは明らかである。よって、地権者にも共同不法行為者としての損害賠償責任が発生する。


第10 結語


 よって、原告らは、地方自治法242条の2第1項第1号及び第4号本文に基づき、被告奈良市長が、仲川元庸並びに樋口光弘及び樋口明子に対し、民法719条の共同不法行為に基づく損害賠償請求として、金1億6772万2252円及びこれに対する損害発生の日である平成30年4月10日から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金を支払うよう請求すること並びに奈良市が平成30年3月23日に村本・アール・アイ・エー・阪神C・村本・三和特定建設工事共同企業体・宮本異業種特定建設工事共同企業体との間で締結した金49億6195万2000円の工事請負契約の請負代金のうち別紙物件目録1~7記載の各土地の地下埋設物の撤去、運搬及び処理等に係る費用相当額である金1億4215万4478円を支出しないことを求める。


----------------------------------------以上


--------------------------証拠方法


甲第1号証 「住民監査請求の結果について(通知)」と題する文書


甲第2号証 奈良市新斎苑基本計画


甲第3号証 「大和都市計画火葬場の決定」と題する文書


甲第4号証 奈良市新斎苑建設に伴う土地購入等に関する覚書


甲第5号証 「不動産鑑定評価について」と題する決裁文書


甲第6号証 鑑定評価書(有限会社若草不動産鑑定)


甲第7号証 鑑定評価書(大和不動産鑑定株式会社)


甲第8号証 「新斎苑整備事業に係る用地買収費等について」と題する文書


甲第9号証 「施設建設予定地」と「追加買収予定地」の航空写真


甲第10号証 新斎苑整備事業投棄物調査業務委託の報告書

甲第11号証 平成30年奈良市議会3月定例会提出議案(別冊)(平成30年2月27日送付分)

甲第12号証 「新火葬場建設候補地として検討された場所の詳細と断念・廃案となった理由(過去20年)」と題する文書

甲第13号証 奈良市土地開発公社解散プラン

甲第14号証 奈良市土地開発公社経営検討委員会最終報告書

甲第15号証 「奈良市「新斎苑」計画における地権者との交渉記録」と題する文書


甲第16号証 奈良市新斎苑基本計画(案)

甲第17号証 新斎苑計画地の面積を4.9ヘクタールとした具体的根拠に係る行政文書開示請求書及びそれに対する開示文書

甲第18号証 「岩井川ダム(奈良県事業)建設時における用地取得の「算定根拠」(金額)」と題する書面

甲第19号証 土地売買仮契約書




別紙

------------------物  件  目  録


1 所 在 奈良市横井町


  地 番 924番6


  地 目 山林


  地 積 79,947㎡(実測:89,083.55㎡)


2 所 在 奈良市横井町


  地 番 924番7


  地 目 保安林


  地 積 4,958㎡(実測:5,524.61㎡)


3 所 在 奈良市横井町


  地 番 925番


  地 目 山林


  地 積 737㎡(実測:821.23㎡)


4 所 在 奈良市横井町


  地 番 926番


  地 目 山林


  地 積 1,755㎡(実測:1955.57㎡)


5 所 在 奈良市横井町


  地 番 927番


  地 目 山林


  地 積 2,952㎡(実測:3,289.38㎡)


6 所 在 奈良市横井町


  地 番 928番1


  地 目 山林


  地 積 4,535㎡(実測:5,053.26㎡)


7 所 在 奈良市横井町


  地 番 928番2


  地 目 山林  地 積 4,535㎡(実測:5,053.26㎡)

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