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住民訴訟のポイント

  • nara-justice
  • 2018年6月30日
  • 読了時間: 9分

平成30年6月30日

奈良市新斎苑(新火葬場)住民訴訟・訴状のポイント

                               弁 護 団

原  告      厚   井   弘   志 外108名

被  告     奈良市長  仲   川   元   庸

第1 事案の概要

 本件は、奈良市の住民である原告らが、奈良市の新火葬場建設予定地等の土地売買契約が代金が高額過ぎ不必要な土地まで購入する違法なものであり、さらに予定地の地下埋設物の撤去費等まで買主である奈良市が負担することも違法であるとして、奈良市監査委員に対し、行為の差し止めを求めたところ、これが棄却されたため、代金を支出済みの土地売買契約については奈良市長仲川元庸及び土地の売主2名に対する共同不法行為による損害賠償請求を、代金が未払いの地下埋設物の撤去費等についてはその支出の差し止めを、それぞれ奈良市長に求める住民訴訟である。

第2 奈良市新斎苑等整備運営事業の概要

 奈良市は、大正5年に開設した現在の奈良市火葬場(通称:東山霊苑火葬場、所在地:奈良市白毫寺町793番地)について、老朽化が進んでいること等を理由にして、新しい火葬場(以下「新斎苑」という。)を整備することにした。

 奈良市は、平成27年末に、奈良市横井町地内の山林に新斎苑を整備する計画案を公表し、平成28年11月、同計画案をベースにして奈良市新斎苑基本計画(甲2)を策定し、公表した。

 奈良市は、平成29年5月23日、奈良市新斎苑基本計画に基づき火葬場を設置するため、「奈良市新斎苑」の名称で奈良市横井町の面積約4.9haの土地に火葬場を設置する都市計画の決定を行った(甲3)。

被告は、平成29年11月22日、上記都市計画に基づく新斎苑整備のためとして、奈良市新斎苑建設予定地(面積約4.9ha)の西側に隣接する土地を追加で購入する旨を、奈良市議会議員に対する議案の事前説明の場において突如、明らかにした。追加で購入する土地は約6.1ヘクタールで、新斎苑建設予定地約4.9ヘクタールと合計すると、実測面積110,780.88㎡(公簿面積99,419㎡)の土地(別紙物件目録1~7記載の各土地、以下「本件買収予定地」という。)になるとの説明だった。

なお、以下では、本件買収予定地のうち、奈良市新斎苑の施設建設予定地(面積約4.9ha)の部分については「施設建設予定地」と称し、施設建設予定地の西側に隣接している追加で買収することを決めた部分(面積約6.1ha)については「追加買収予定地」と称する。

 被告は、奈良市議会において、平成29年12月に本件買収予定地の買収に必要な予算の議決を得、平成30年2月15日に同市議会による契約締結に対する同意の議決を停止条件とする土地売買仮契約を締結し(甲19)、同年3月23日に同議決を得たことから、同契約の効力が発生した。所有権移転登記も同日完了された。

また、平成29年9月議会において、新斎苑整備事業の債務負担行為設定が議決され、被告は平成30年2月26日に地下埋設物の撤去等を含む新斎苑等整備運営事業設計・施工一括型工事に係る同市議会による契約締結に対する同意の議決を停止条件とする請負契約を締結し、平成30年3月23日に同議決を得たことから、同契約の効力が発生した。

その上で、被告は、同年4月10日に土地代金全額を支払った。一方、工事請負代金の支払いは現時点では全くなされていないものの、平成30年度中に6億3223万2000円を支払う予定としており、地下埋設物の撤去費等はこの中に含まれている。

第3 本件買収予定地の売買契約の締結は市長の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用し違法である

1 地方公共団体の長による売買契約締結の裁量権に対する制約

 地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない(地方自治法2条14項)。

2 鑑定価格の3倍を超える価格での用地買収

 (1)①有限会社若草不動産鑑定は、本件買収予定地の鑑定評価額を金5339万6000

    円(単価482円/㎡)と鑑定

②大和不動産鑑定株式会社は、本件買収予定地の鑑定評価額を金4930万円(単価

    445円/㎡)と鑑定

  ③奈良市は、金1億6772万2222円(単価1514円/㎡)で買収

 (2)公共用地の取得に伴う損失補償基準」及び「奈良市用地取得事務取扱要領」に違反す

    ること

①「公共用地は土地の正常な取引価格により補償する」(公共用地の取得に伴う損失補

    償基準8条1項)

②「奈良市用地取得事務取扱要領」においても、その第2条で、

    「土地の価格は、不動産鑑定士による不動産鑑定評価額を上限として算定するもの

    とする。」と定められている。

(3)名古屋高等裁判所の裁判例との対比からも明らかに違法であること

    「本件買収金額が適正価額の1.39倍に達していることを総合すると、控訴人には

     本件売買契約を締結するにつき裁量権を逸脱ないし濫用した違法があった」

 3 不必要な追加買収予定地の買収

   奈良市は、平成29年11月、突如、新斎苑整備事業において、追加買収予定地を買

   収する旨を発表した。当該土地は、本件施設建設予定地に隣接しているものの、実際

   に施設に関する利用はほとんど予定されておらず、具体的な事業計画等についても決

   まっていない。

 4 不要な地下埋設物処理費用の負担

   奈良市の調査により、施設建設予定地に産業廃棄物が投棄又は埋設されていることが

  明らかとなっているところ、その処理費用、1億4215万4478円は奈良市が負担

  する。しかし、土地のマイナス評価の部分については、本来、売主である地権者が負担

  しなければならない。

 5 小括

上述のとおり、被告は、本件買収予定地の用地買収にあたり、その買収価格を鑑定価格の3倍をこえる価格に設定しようとしており、しかも、本件買収予定地には約6.1haの不必要な追加買収予定地も含まれ、さらには、本来売主である地権者が負担すべき本件買収予定地に投棄埋設されている産業廃棄物の処理費用まで負担しようとしている。

 さらに言えば、本件新斎苑整備事業における適正買収価格は多く見積もっても金2268万7000円(不動産鑑定価格の平均値単価463円/㎡、施設建設予定地49,000㎡)であるところ、奈良市が現在予定している買収価格は、実質的には本件買収予定地の価格金1億6772万2252円(単価1,514円/㎡、本件買収予定地110,780.88㎡)に地下埋設物処理費用(金1億4215万4478円)を加えた3億987万6730円である。つまり、実質的には適正価格の約13.66倍もの価格によって、本件買収予定地を買収しようとしているものである。

したがって、本件買収予定地の売買契約が締結されれば、被告の行為が、地方自治法2条14項等に反し、その裁量権を濫用又はその範囲を逸脱する違法なものとなることは明らかである。

第4 本件買収予定地取得の必要性と取得に至る背景事情

 1 はじめに

実質的には適正価格の約13.66倍もの価格で本件買収予定地を買収することを、なぜ被告は進めているのだろうか。奈良市の新しい火葬場の候補地は、本件買収予定地以外に考えられないのだろうか。それとも被告が本件買収予定地に拘る何か別の理由があるのだろうか。そうした疑問が当然のように湧いてくる。

 2 被告は当初、本件買収予定地での火葬場建設に反対だった

本件買収予定地での火葬場建設は、被告の前任者である藤原昭・前奈良市長の時代に総工費約44億円~50億円で計画されていたものであるが、平成21年7月に就任した被告は、就任直後の奈良市議会において、当初計画の事業費より進入路等のインフラ整備において多額の費用を要することやそれまで建設に反対してきた地元住民の思いを勘案し、白紙撤回を表明した。

3 新火葬場建設候補地の選定過程に合理性、透明性がないこと

 平成21年度以降、合計で約20か所の候補地が検討されたとされているが、奈良市の職員及び被告が具体的にいかなる検討を行ったのか、地元住民といかなる話し合いを行ったのかは一切不明であり、最終的にどのような理由から本件買収予定地が新火葬場建設候補地として選定されたのかは全く分からない。

 4 他の候補地の優位性

奈良市内には解散した奈良市土地開発公社が保有していた遊休地が多くある。この中には、本件買収予定地より経費、利便性、安全性その他の点から有利な場所が複数ある。にもかかわらず、なぜ被告が本件買収予定地を候補地として決定したのか、その理由は全く不明である。

 5 鑑定評価額が判明する以前から本件買収予定地の買収総額について奈良市と地権者との間で一定の合意が成立していた蓋然性が高い

 (1)被告と地権者との間で当初から本件買収予定地全体を購入することが決まっていた

平成27年7月30日、被告は地権者との間で「奈良市新斎苑建設に伴う土地購入等に関する覚書」(甲4)を締結しているが、その内容からすれば、本件買収予定地全体を購入する約束がこの時点で既に被告と地権者との間で出来ていた蓋然性が高い。平成27年7月30日にこのような覚書を結んでおきながら、追加買収予定地の購入を市議会や市民に初めて明らかにしたのは、平成29年11月22日だった。

 (2)被告と地権者との間で当初から買収総額は約3億円という合意が成立していた

平成28年12月9日の奈良市議会市民環境委員会で、向井政彦副市長が「用地費としては、これは本当に枠ということで約3億円ということでございます。」と答弁しており、遅くともこの時点で、被告と地権者との間で買収総額を約3億円とする一定の合意が成立していた蓋然性が高い。

 6 買収総額を約3億円とするために講じられた様々な対策

 (1)施設建設予定地はそもそも約4.9ヘクタールも必要ないこと

 新斎苑の建設工事で土地を改変する面積は21462平方メートルに過ぎない。11ヘクタールの残りの土地はほとんど何も使う予定はない。従って、施設建設予定地は21462平方メートルもあれば十分である。

 (2)追加買収予定地の買収及び地下埋設物処理費用の負担

 (3)買収総額を約3億円とするための強引な単価の設定

鑑定が予想以上に安かったので、地権者との買収総額は約3億円とするという合意を履行するために、奈良県によるダム建設用地買収の事例を後から持ち出し、次に述べる通りそれと鑑定評価額との平均値を取るという手法を採らざるを得なかったのである。

 (4)奈良県によるダム建設用地買収事例を参考に買収単価を決定することの不合理性

奈良市は、本件買収予定地の北側を流れる岩井川の上流に奈良県が建設した岩井川ダムの用地買収において、岩井川の左岸に存する土地(本件買収予定地も岩井川の左岸に存する)が1㎡あたり4300円で買収されたことから、その金額を時点修正した1㎡あたり2566円と奈良市が依頼した2社の不動産鑑定事業者の不動産鑑定価格の平均額である1㎡あたり463円の平均値を採用とし、1㎡あたり1514円と決定した。

  しかし、岩井川ダムの用地買収価格は昭和61年であり、時点修正されているとはいえ、本件とは時代が全く異なること、場所も異なること、ダム建設用地の買収はこれが岩井川ダムのように治水目的のダムであることを考えると用地には代替性が乏しく、緊急性も高く、鑑定価格を一定程度上回る買収価格の設定もあり得たと言える。これに対し、本件では、用地の代替性がないとか防災のための緊急性があるといった事情はなく鑑定価格を上回る金額での買収には合理性がない。

 (5)被告自ら価格交渉をし、買収価格を決定していること

  公共事業の実施に伴う補償金額は客観的ルールに基づいて算定されるため、価格交渉等で増額する余地はなく、当該補償金額で地権者の同意が得られなければ、用地取得を断念するか、土地収用するほかないにもかかわらず、奈良市と地権者との間で買収総額を約3億円とする一定の合意が成立していたことから、被告は自ら価格交渉の場に出向き、買収価格をそれに近付けるための最終判断をしたのである。

 7 小括

このように、そもそも奈良市が新火葬場の建設用地として本件土地を取得する必要性自体が乏しく、実質的には適正価格の約13.66倍もの価格によって本件買収予定地を購入することを正当化できるような事情は何もない。

にもかかわらず、被告が本件買収予定地の買収を強引ともいえる方法で進めてきたのは、別の理由、すなわち地権者から総額約3億円で購入するという合意がどこかの時点で成立し、それを履行せざるを得なかったという事情が背景にあったものと推察される。

以上

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